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写真館(27枚)
- 形態
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山城(790m/50m)
- 歴史
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詳細不明。北方飯田城主大日向佐渡の家臣勘助の居城と伝え、弘治2年(1556年)武田氏家臣山県昌景によって攻められ落城したという。
- 説明
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茨山城は南へ張り出した尾根の先端頂部に築かれており、現在は城嶺神社の境内となっている。
城嶺神社の境内が主郭部であるが、改変されており旧状は不明である。唯一明確な遺構が南西側の尾根にある一条の堀切である。
境内には土塁らしき土盛りがあるが、神社造成時のものに見える。北背後は一段低く、空堀のような印象も受けるが、中央一段小高くなった方形の段に祠が祀られ、それに向かって土橋状の通路が参道となって付いている。また東側には土橋状のものが南北に付いている。この辺り複雑な地形なのだが城郭遺構なのかどうか判断できない。
- 案内
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南側から神社の参道がある。 - 所在地
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長野県北安曇郡白馬村大字神城字堀之内(城嶺神社)
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付近の城址
1.0km 信濃・三日市場館
1.0km 信濃・大宮城
2.6km 信濃・飯森城
6.6km 信濃・塩島城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2011年5月
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