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写真館(72枚)
- 別名
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山下城
- 形態
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山城(325m/235m)
- 歴史
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築城年代は定かではない。
平安時代末期に山下兵衛尉義経が籠った山下城がこの城であったと云われる。
その後京極氏の被官阿閉氏の居城となったが、永正年間(1504年〜1521年)頃には浅見氏の居城となっていた。
浅見氏は一時期浅井亮政と対立したが後にその傘下に組み込まれ再び阿閉氏が城主となった。
織田信長による小谷城攻撃では、阿閉氏の籠る山本山城が天正元年羽柴秀吉謀略によって開城となり、小谷城は孤立し落城した。
- 説明
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賤ヶ岳から南に派生した尾根の南端の頂部にある。
頂部が主郭で南に二の丸その東に三の丸を配し、主郭から北側に続く尾根にも馬場などの曲輪群がある。
麓から重機で取り付けたハイキング道を登りつめると三の丸へと着く。ここは土塁が背後を固めているがハイキング道が曲輪内を突き破っている。
更に登ると二の丸に出るがここは緩やかに南に傾斜している。
これを北側に進むと主郭となり、土塁で囲まれた曲輪となり、南北東に虎口がある。ただ、北側はハイキング道用に取り付けたような感じもする。
主郭の北は空堀を経て一番馬場、二番馬場となり、ここは土塁が残っている。
ここから北側は土橋の架かる空堀と曲輪の連続である。
- 城主
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阿閉氏,浅見氏,阿閉氏
- 案内
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西麓にある朝日山神社脇から登ることができる。
- 所在地
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滋賀県長浜市湖北町山本
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- 最終訪問日
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2007年11月
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