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写真館(16枚)
- 形態
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丘城(220m/20m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが多喜氏によって築かれたと云われる。
多喜北城・多喜南城・梅垣城・青木城の総称を多喜城といい、多喜北城が本城とされる。
多喜氏は大伴姓富永氏の一族で伴家継を祖とする。
多喜俊兼は長享の乱(1487年)で武勇をあげ、叔父の由旭は油日神社の再建運動の指揮をとった人物という。
- 説明
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城は滝集落の南側の丘陵の北端に築かれている。
北側から登って行くと墓地があるが、そこも城域で北側に土塁が残る。更に登ると竹薮となった平坦地があり、南側に高土塁が残っている。
- 城主
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多喜氏
- 所在地
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滋賀県甲賀市甲賀町滝小字滝迫
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- 最終訪問日
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2008年9月
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