近江 長比城おうみ たけくらべじょう

城郭放浪記


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近江 長比城の写真
掲載写真数
形態
山城(391m/220m)
別 名
野瀬山城,丈比城
文化財指定
なし/不明
遺 構
土塁,郭,堀
城 主
浅井氏
縄張図
長比城縄張図
歴 史

元亀元年(1570年)浅井長政によって築かれた。

元亀元年(1570年)織田信長は越前の朝倉義景を攻めたが、同盟関係にあった浅井長政の裏切りによって失敗する。これによって美濃の織田信長と近江の浅井長政が対峙することとになった。浅井長政は織田に備えるため美濃国境付近に苅安城と長比城を築き、家臣の堀秀村と樋口直房を置いて守られた。築城にさいしては越前朝倉氏の助力を得たという。しかし、織田信長の調略によって両者は内応し、あえなく落城した。

説 明

長比城は近江、美濃国境に聳える標高390.9mの野瀬山に築かれており、南麓には旧東山道が通っている。現在は登山道が整備されている。

長比城は野瀬山山頂とその西の峰にそれぞれ独立した曲輪があり、それぞれ同一勢力のなかで別の部隊が守備していたと思われる。また、北西の峰には須川山砦もあり、長比城と類似する高土塁による小さな城で、ここも含めた城砦群と考えられる。

山頂部の曲輪i(東曲輪)は比較的低土塁が巡るが、東側のみ高く明瞭な土塁となる。虎口は西、東、南の三方で、南尾根のみ明瞭な堀切(堀1)で遮断している。

曲輪ii(西曲輪)は南北に細長い曲輪を高土塁が巡り、東と南西隅に虎口を開く。東虎口は食い違い虎口で、外側にさらに食い違いの竪堀を入れているようにも見えるが、浅く不明瞭である。南西虎口は平入であるが、現在の登山道は竪堀2と3の間を登ってくるルートである。

案 内

南麓の旧東山道に長比城入り口の石碑がある。ここから上にあがる車道を進むと駐車スペースがあり、その少し上から登山道が続いている。

最寄り駅(直線距離)
1.3km 柏原駅
3.7km 近江長岡駅
5.4km 関ケ原駅
6.8km 醒ケ井駅
所在地/地図
滋賀県米原市柏原
GPSトラックデータダウンロード :[KML形式 ][GPX形式 ]
付近の城(直線距離)
0.3km 近江 須川山砦
2.0km 美濃 今須城
2.1km 近江 柏原御殿
2.4km 美濃 玉城
3.5km 美濃 大谷吉継陣(西軍)
3.8km 美濃 松尾山城
4.0km 美濃 宇喜多秀家陣(西軍)
4.1km 近江 京極氏上平館
4.1km 近江 八講師城
4.2km 美濃 不破関
4.2km 美濃 脇坂安治陣(西軍のち東軍)
4.3km 美濃 小西行長陣(西軍)
4.4km 美濃 福島正則陣(東軍)
4.5km 美濃 島津義弘陣(西軍)
4.7km 美濃 石田三成陣(西軍)
4.7km 美濃 藤堂高虎・京極高次陣(東軍)
4.9km 近江 弥高寺
4.9km 近江 上平寺城
5.0km 美濃 田中吉政陣(東軍)
5.0km 美濃 徳川家康最後の陣(東軍)
5.2km 美濃 松平忠吉・井伊直政陣(東軍)
5.5km 美濃 本多忠勝陣(東軍)
5.6km 美濃 黒田長政・竹中重門陣(東軍)
5.7km 近江 大原氏館
最終訪問日
2018年10月
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