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写真館(24枚)
- 別名
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瓶割城
- 形態
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山城(235m/120m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが鎌倉時代中期に佐々木政尭によって築かれたと云われる。
元亀元年(1570年)南近江に侵攻した織田信長は長光寺城を攻め落とし柴田勝家を配置した。
六角氏は城を奪還するために攻め寄せ勝家は籠城して耐える。
意を決した勝家は味方を鼓舞するため兵に水を飲ませた後に水瓶を割って討って出た。これが「瓶割り柴田」の異名となって後世に語られている。
- 説明
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最高所が本丸で南に堀切を挟んで二の丸、北に三の丸を配している。
二の丸を隔てる堀切には土橋が架かりそこから本丸の西面に回り込むと石垣の一部が確認できるが全体的に草が生い茂っている。
後藤館の案内板でこの城の登山口が日吉神社にあるらしいことを確認したのだが登り切るまで散々な道、途中水道施設のコンクリートで覆われた法面の上を歩くような状態。後々地図を確認するとなんと日吉神社が北麓と南麓にある。私が登ったのは南麓の日吉神社付近から...
- 城主
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六角氏,柴田勝家
- 案内
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おそらく正しい登山口は近江八幡市長福寺町の日吉神社にあると思われる。
下山に用いた道はマーキングテープがしてあったが普通の山道で東近江市上平木町の日吉神社脇から水道施設に登る車道(一般車両通行止め)を登っていくと途中NTTの無線中継施設に登る階段が現れる。それを登って行くと尾根伝いに城址に行くことができる。
- 所在地
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滋賀県近江八幡市長福寺町
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- 最終訪問日
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2006年10月
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