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写真館(1枚)
- 史跡指定
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市指定史跡
- 別名
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串良城
- 形態
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丘城
- 歴史
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文明2年(1470年)平田重宗によって築かれたと云われる。
平田氏は肝属郡串良を領し岩弘城主である。
明応4年(1495年)重宗の子兼宗の時専横な振舞いから島津忠昌の怒りをかい、陣之尾にて戦ったが敗れ、忠昌の命を受けて平田氏を攻めた島津忠朝の所領となり、忠朝は叔父の平山忠康を城主とした。
永正17年(1520年)肝付兼興が大軍をもって鶴亀城を攻めたてたが、城主平山近久はよく守ってこれを撃退した。
大永3年(1523年)肝付兼興に応じた新納忠勝が取り囲み、島津忠朝は城兵の命を助けることを条件として和議を結び、城は明け渡され後に肝付氏の所領となった。肝付氏が没落すると島津氏の所領となり島津忠長が地頭となった。
- 説明
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城は串良川の西岸にある丘陵に築かれていた。串良小学校の東にある丘陵が本丸跡であるが、大半の曲輪はシラス採取によって消滅した。
- 城主
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平田氏,平山氏,肝付氏,島津氏
- 所在地
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鹿児島県鹿屋市串良町岡崎字麓
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2009年7月
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