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写真館(2枚)
- 別名
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富来城,岡野城
- 形態
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丘城(22m/17m)
- 歴史
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築城年代は定かではない。はじめ岡野某が城主であったと伝えられる。
天正4年(1576年)上杉謙信は能登へ侵攻して七尾城を攻めたが容易に落城せず、謙信は能登の諸城を落として家臣を置いた。この時、富木城には藍浦長門が置かれた。天正5年(1577年)謙信が一旦越後へ引き上げると能登の将が反撃に転じ、誉田弾正が富木城に攻め寄せ落城。藍浦長門は自刃したという。
天正9年(1581年)織田信長が能登を制圧すると福富行清が城主となった。
- 説明
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城は比高10mから20m程の丘陵に築かれている。現在は畑として転用されて遺構はほぼ壊滅状態で僅かに堀の一部が残存しているという。
- 城主
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岡野某,藍浦長門,福富行清
- 所在地
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石川県羽咋郡志賀町八幡
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付近の城址
1.0km 能登・木尾嶽城
6.3km 能登・西谷内城
6.4km 能登・町屋堡
6.5km 能登・桝形山砦
8.9km 能登・馬場城
9.4km 能登・熊木城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2009年8月
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