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写真館(82枚)
- 形態
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山城(520m/-)
- 歴史
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天正4年(1578年)上杉謙信によって築かれたと云われる。
天正4年(1578年)七尾城を攻めた際に、石動山城を築き直江大和守景綱を守将として置いたという。
石動山ははやくより山岳宗教の拠点として栄えており、天平寺の石動山衆徒が砦を構えていたと推測される。天正10年(1582年)には織田信長が本能寺の変で倒れた混乱をついて、能登畠山氏の旧臣が蜂起して石動山に籠ったが、これを前田利家や佐々盛政などの織田軍が攻め込んで焼き打ちにし全山焼失した。
その後、前田氏の寄進により復興をとげたが、明治の神仏分離政策で全ての院坊が破却され廃寺となった。
- 説明
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石動山城は標高564mの石動山山頂から一つ東の峰、標高520m付近を主郭として築かれている。
主郭は頂部で南西側に低い土塁が残り、東下に空堀を設けて遮断している。東へ伸びる尾根はなだらかな地形が続き、一条の堀切が残る。南へ伸びた尾根は遊歩道になっていることもあって判然としないが、土塁のようなものも確認できる。
周辺には数多くの砦跡が残り、山全体が要害となっていたようである。
- 案内
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各方面より山頂まで林道が通っており、山頂近くの能登歴史公園、石動山天平寺跡の駐車場がある。 - 所在地
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石川県鹿島郡中能登町石動山
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2011年5月
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