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写真館(41枚)
- 史跡指定
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町指定史跡
- 形態
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平山城(30m/20m)
- 歴史
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文明6年(1475年)畠山義智によって築かれたと云われる。
松波畠山氏は能登畠山氏の庶流で、七尾城主三代畠山義統の三男畠山義智が三千八百貫余りを領して松波城を築き代々の居城としたことに始まる。
松波畠山氏は代々常陸介を名乗り、義智・義成・義遠・常重・義龍・義親と六代続く。五代義龍の時より松波氏を称し、六代義親は能登畠山氏九代畠山義綱の三男で義龍早世の為に養子となって家督相続したともいわれる。
天正5年(1577年)上杉謙信が七尾城へ侵攻すると援軍として七尾城へ向かった。七尾城が落城すると松波城へと逃れてたて籠るが上杉謙信の部将長沢光国の軍勢に攻められ落城、自刃して果てた。義親の子連親は故あって母とともに越後国弥念にいたため難を逃れ、長連龍が織田信長より鹿島半郡の所領を得ると長連親と名乗ってそれに従った。
- 説明
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城は松波川の北岸にある丘陵に築かれている。本丸は武道館の建っている所で本丸跡の碑が建っている。本丸の東にある大手門跡付近には室町様式の庭園跡が発掘され、県指定史跡となっている。全体的に公園として遊歩道が整備されている。
旧松波駅には僅かでは有るが松波城の資料が展示されている。
- 城主
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松波畠山氏
- 案内
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七尾方面より北上してきた場合、国道249号線から松波バイパスへ入って川を渡った直ぐ先に松波城公園の入口の案内がある。これを奥まで進むと武道館があり、その直ぐ先が本丸。 - 所在地
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石川県鳳珠郡能登町字松波
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- 最終訪問日
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2009年8月
- 建物
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| 搦手門(移築 城門)
所在地:
[地図]万福寺(石川県鳳珠郡能登町字松波)
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