能登 甲山城のと かぶとやまじょう

城郭放浪記


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能登 甲山城の写真
掲載写真数
形態
平山城(20m/-)
別 名
なし
文化財指定
なし/不明
遺 構
土塁,郭,堀
城 主
平楽右衛門尉,轡田肥後,平子和泉(若狭守),唐人式部
歴 史

築城年代は定かではない。天正年間(1573年〜1592年)の城主は平楽右衛門尉と伝えられているが、これは越後の上杉謙信の部将平子氏(たいらく)の誤伝ではないかとされている。

天正4年(1576年)上杉謙信が能登に侵攻した際に落城し、上杉氏の家臣轡田肥後・平子和泉(若狭守とも)・唐人式部が甲山城に置かれたという。 天正5年(1577年)乙ヶ崎合戦では轡田肥後・唐人式部・板倉伝右衛門が穴水城救援の為、船に乗って押し寄せたと云われる。

説 明

城は通称「大口の瀬戸」と呼ばれる海路の要衝に位置し、「阿曽良泊」と呼ばれた良港で船溜りに適している。

現在城跡は畑や人工林となっているが大半はシダ類に覆われており地表面を観察することは難しい。それでも屈折した空堀や土塁の一部は明瞭に判別できる。虎口と見られる部分には横矢掛けの櫓台も残ると云われるが、虎口と思われる部分は深い薮となっていて近付くことができなかった。

所在地/地図
石川県鳳珠郡穴水町字甲
付近の城(直線距離)
1.0km 能登 丸山城
6.3km 能登 鰀目城
7.3km 能登 向田城
7.5km 能登 鵜川館
8.4km 能登 向田館
8.4km 能登 野崎城
8.6km 能登 大峰山城
8.8km 能登 山田城
最終訪問日
2009年8月
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