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写真館(8枚)
- 形態
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平城
- 歴史
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延徳年間(1489年〜1492年)第64代国造俊連が築城したとも云われる。
天正4年太田源太夫が築いた太田城は
天正5年織田信長は雑賀を攻めると太田衆はその先導を勤める。翌年雑賀衆は太田城を攻めるが、守りの堅い太田城を攻略できずに和議となった。
天正13年には羽柴秀吉の紀州侵攻軍が、根来寺などを次々と落とし太田城に来襲、三千の先陣が紀ノ川を渡岸しようとした所を弓・鉄砲で迎撃するなど抵抗する。
容易に落ちぬとみた秀吉は備中国高松城攻めでも見せた水攻めによる攻略を実行し、約一ヶ月の籠城戦で落とした。
- 説明
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来迎寺周辺が本丸跡だといい境内に石碑と案内板がある。
- 城主
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太田氏
- 所在地
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和歌山県和歌山市太田(来迎寺)
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付近の城址
2.3km 紀伊・和歌山城
4.1km 紀伊・弥勒寺山城
5.9km 紀伊・和佐山城
6.3km 紀伊・北野城
7.4km 紀伊・日方城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2007年9月
- 建物
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| 大門(移築 城門)
所在地:
[地図]大立寺(和歌山県和歌山市橋向丁)
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