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写真館(9枚)
- 史跡指定
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町指定史跡
- 形態
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山城(60m/-)
- 歴史
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建武2年(1335年)新納時久が築城した。
新納氏は島津忠宗の四男時久が足利尊氏から新納院を与えられ新納氏を称した。
新納氏が上京中に富山国長に城を奪われ、後に新納土持氏の所領となったが、長禄元年(1457年)土持景綱が伊東祐尭に敗れると伊東氏の所領となった。
伊東氏は野村蔵人佐を城主とし伊東氏48城のうちの一つになったが、伊東氏が島津に敗れ豊後に逃走すると、島津氏は山田有信を城主とした。
天正6年(1578年)大友宗麟が五万の大軍を持って攻めたてたが、
城主山田有信は島津の援軍を含めたわずか三千で籠城し撃退する。大友軍は島津の追撃にあい耳川に追い詰められ大敗した。
秀吉の九州平定戦の時には、羽柴秀長率いる二十万の大軍に攻められた。この時はわずかに千五百の兵で籠城しこれも耐えた。
島津義久が秀吉に降伏したのちに開城した。
元和元年(1615年)の一国一城令により廃城となった。
- 城主
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新納時久,新納土持氏,野村蔵人佐,山田有信
- 所在地
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宮崎県児湯郡木城町大字高城字城山
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付近の城址
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5.5km 日向・高鍋城
6.4km 日向・千田城
7.1km 日向・穂北城
8.9km 日向・山城
9.0km 日向・上日置城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2007年8月
- 縄張図
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現地案内板より
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