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写真館(119枚)
- 史跡指定
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県指定史跡
- 別名
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猪ヶ城,鹿家城
- 形態
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山城(196m/97m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが治承年間から文治年間(1177年〜1190年)頃に源披によって築かれたと云われる。
源披は松浦党の祖源久の孫にあたり、この一帯を領して築城したが、子の源持の時代に平戸へ移った為、廃城となったという。
その後、戦国時代に日在城主鶴田兵部大輔直(ただす)の弟、鶴田兵庫介前(すすむ)によって再築城された。
- 説明
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城は標高193m、比高もわずか100m足らずの山に築かれているが、その周囲は断崖絶壁となり、更に岩の上に石垣を組んで要害としている。
本丸は西の頂部で東に井戸曲輪があり、堀切を越えて二の丸となる。三の丸は二の丸の外周を囲み更に本丸の南面から西側を覆っている。更に東へ駐車場を越えて降ると出丸がある。
本丸は一部石垣であるが、二の丸の周囲は天然の垂直に切り立った岩で、三の丸の側面は石垣である。一部の石垣はそそり立つ岩の上に組まれている。
井戸曲輪の北側の岩上には柱穴がいくつもあり、建造物があったようだ。
- 城主
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源披,源持,鶴田氏
- 案内
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南麓の県道32号線を東から来ると浪瀬峠にさしかかる手前に北側に石碑がある。そこを曲ってまっすぐ進むと、三の丸と出丸の間が駐車場へとたどり着く。
- 所在地
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佐賀県唐津市厳木町浪瀬
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付近の城址
7.1km 肥前・日在城
7.7km 肥前・岸岳城
8.1km 肥前・梶峰城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2008年2月
- 縄張図
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現地案内板より
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