ひたち・あばさきじょう

常陸・阿波崎城
城郭放浪記

城郭一覧
関連外部リンク
天気予報
阿波崎城の写真 写真館(15枚)
史跡指定
県指定史跡
  形態  
丘城(27m/20m)
  歴史  

延元3年・暦応元年(1338年)北畠親房によって築かれたと云われる。

延元3年・暦応元年(1338年)奥州の軍勢を率いて西上し、北朝方の軍勢と各地で転戦し奮戦した北畠顕家も和泉国石津の戦いで討死した。南朝方は勢力の挽回を図るために顕家の弟北畠顕信を鎮守府将軍に任じて、義良親王・宗良親王を奉じて奥州に下向、顕信の父親房もこれに同行した。伊勢国大湊から海路陸奥に向かう途中、遠州灘にて暴風に遭い、顕信と義良親王の舟は伊勢に引き戻され、親房の舟は常陸国東条浦に漂着した。こうして親房は南朝方の東条氏に迎えられ神宮寺城に籠もった。

神宮寺城を拠点として南朝方勢力の地盤を築こうとした親房であったが、北朝方勢力の佐竹氏や大掾氏などの軍勢によって攻められ神宮寺城は落城、親房は阿波崎城、小田城関城大宝城へと次々と追われた。

  説明  

阿波崎城は台地の北端に築かれている。 現在城址には「准后北畠親房卿城趾」の碑が建っており、天満宮が鎮座している。

  城主  
北畠親房
 所在地 
茨城県稲敷市阿波崎字天神台
付近の城址
4.3km 常陸・神宮寺城
6.0km 下総・神崎城(東の城)
6.2km 下総・神崎城(中の城)
6.5km 下総・神崎城(西の城)
6.7km 下総・藤堂氏大貫陣屋
6.7km 下総・鍋島氏郡陣屋
7.2km 下総・小松城
7.3km 常陸・麻生城
7.5km 常陸・麻生陣屋
8.0km 下総・武田城
8.4km 下総・鴇崎城
8.4km 下総・上小川城
8.8km 常陸・江戸崎城
9.1km 下総・大和田城
9.2km 常陸・長山城
9.3km 下総・名木城

※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2010年11月

Sponsord by Amazon.


Copyright(C) 2003-2012,By PEI. All rights reserved.
写真などの無断転載を禁止します