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写真館(11枚)
- 史跡指定
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市指定史跡
- 別名
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菊池城,守山城,雲上城
- 形態
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山城(-/40m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが正平年間(1346年〜1370年)に菊池氏によって築かれた。
菊池氏は太宰府官藤原政則の子孫とされ南北朝時代には肥後国を中心に九州全土にその勢力をのばした。
しかし北朝方の今川了俊が九州に下向してくるとその勢力は衰退した。
兼朝の時、肥後国守護職を回復し戦国時代に続くが大友氏に破れ嫡流が途絶えた。
菊池氏が滅亡すると赤星氏の勢力下になるが隈部氏によって追い出され以後隈部氏の居城となる。
隈部氏は北侵する島津氏に降伏しその島津氏が豊臣秀吉に降伏すると領地を安堵されたが肥後一国の領主として熊本城に入封した佐々成政によって実施された検地に背き佐々成政に攻められ落城した。
これがきっかけとなり肥後国衆一揆が広まり成政は謹慎の後切腹した。
- 説明
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現在は菊地神社が奉られ菊池神社脇にある宝物館に上がる階段を登った所に石碑がある。
城址は菊池神社や道路の設置に伴い大半の遺構が消滅しているが北側には空堀と土塁が残っている。
- 城主
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菊池氏,赤星氏,隈部氏,加藤氏
- 所在地
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熊本県菊池市隈府町城山
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- 最終訪問日
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2006年11月
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