ひご・うちのまきじょう

肥後・内牧城
城郭放浪記

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内牧城の写真 写真館(33枚)
  形態  
平城
  歴史  

築城年代は定かではない。 天文年間(1532年〜1555年)には阿蘇氏の家臣辺春盛道が城主であったと伝えられている。 島津氏が侵攻すると盛道は内牧城へたて籠って防戦したが、支えきれずに自刃したという。

加藤清正が北肥後に入部すると家臣加藤可重を城代、ついで正方が城代となったが、この頃に近世城郭に改修されたと云われる。 しかし、元和2年一国一城令によって廃城となった。

その後、肥後に入部した細川氏は参勤交代の宿駅として利用し、内牧御茶屋と称された。

  説明  

現在本丸には市民体育館が建ち、二の丸は公園となっている。 この辺りには逆S字状に水堀跡が残り、二の丸の南側の道路沿いに石垣が残されている。

本丸周辺と公園を散策したが、内牧城に関する案内は二の丸石垣付近の標柱しか見当たらなかった。

  城主  
辺春盛道,加藤可重,加藤正方
 所在地 
熊本県阿蘇市内牧字中町
付近の城址
2.4km 肥後・湯浦城
3.7km 肥後・二辺塚城
4.0km 肥後・小倉城
9.3km 肥後・満願寺城ヶ鼻城

※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2008年8月

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