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写真館(82枚)
- 史跡指定
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市指定史跡
- 別名
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高城,鶏坂城
- 形態
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山城(350m/100m)
- 歴史
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築城年代は定かではない。
建仁元年(1201年)に城小太郎資盛が反乱を起こして鎌倉幕府の佐々木盛綱と戦った鳥坂城に比定する考えもあるようであるが、これは現在の胎内市にある鳥坂城と推測されている。
歴史については詳らかではないが、現在残る遺構は戦国時代のものであり、信濃国境から上杉氏の本城である春日山城に通じる飯山街道を押さえる要害として、上杉氏が維持していたと推測される。上杉氏の家臣桃井左京が在城していたとの伝承が残る。
- 説明
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鳥坂城は関川と片貝川との間に聳える高床山から北東へ延びた尾根の頂部、標高347.5mの鳥坂山山頂に築かれている。
主郭は山頂にある二段の曲輪で、南西側に土塁を設けここに石碑が建っている。北東下の段は周囲に低い土塁が巡り、南側に虎口がある。ここから南の山腹には腰曲輪が段々と付いている。
主郭の北東下には背後に堀切を設けた曲輪があり、さらに北東下へと曲輪が続くようであるが、先端部分は発電所の施設かなにかが建っており改変されている。
主郭から南西背後の尾根には無数の大堀切が連続して設けられており、徹底的に遮断している。その背後にも削平地が続き、堀切からL字になって横堀になる遺構が残っている。
- 城主
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桃井左京が
- 案内
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城山の北麓にある姫川原小学校の所で国道292号線から県道584号線へと入る。県道に入って1km程進むと「高床山森林公園」と「鳥坂城址」と記された道標があり、山上にある公園まで車で登ることができる。ただし公園の駐車場からでも800m程歩くことになる。 - 所在地
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新潟県妙高市大字姫川原字鳥坂山
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付近の城址
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5.3km 越後・松原館
5.6km 越後・箕冠城
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7.2km 越後・鮫ヶ尾城
7.5km 越後・焼山城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2011年5月
- 縄張図
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現地案内板より
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