えちご・いまいじょう

越後・今井城
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史跡指定
町指定史跡
  別名  
金子城
  形態  
山城(420m/160m)
  歴史  

築城年代は定かではない。 寿永年間(1182年〜1185年)に木曽義仲が越後に侵攻した際に今井兼平を留めて守らせた。とも、南北朝時代に新田氏の一族が築いたとも云われるが詳らかではない。

現在残る遺構は戦国時代のもので、上杉氏の家臣金子次郎右衛門などが在城したと伝えられるが定かではなく、金子次郎右衛門は琵琶懸城に在城していたとも云われる。いずれにしてもの信濃国との国境を固める要害として上杉氏の重臣が在城していたと推測される。

  説明  

今井城は信濃川南岸の段丘の北端に築かれており、東西両側も支流による浸食で深い谷となり天然の要害になっている。

今井城は二条の空堀で南の台地から切り離し、南北二郭で構成される。

北の曲輪は三角形で南背後に高土塁を設けて中央に虎口を開く。北へ続く細尾根は二条の堀切で遮断し、北東斜面には壮大な竪堀と、無数の畝状竪堀群によって覆われている。

北の曲輪と南の曲輪との間の空堀は中央に低い土塁があり、二重堀になってやや湾曲している。この空堀も木橋が架かっていたようで、南郭の一部が突出して橋台になっている。

南の曲輪は南北両側を空堀で区画した曲輪で、東側が西側より一段高くなっている。北の空堀に面しては土塁はなく、南の空堀に面しては東半分のみ土塁が付いている。

南端の空堀は中央で鈎状に屈折する。南の台地と南の曲輪との間は木橋が架かっており、南側の台地には木橋を受ける橋台があり、橋台は南を除く三方に堀が巡らされている。

  城主  
上杉氏
  案内  

国道117号線沿いの大井平入口交差点の所に今井城への道標が出ている。ここから大井平集落に上がり、丁字路を東へ曲がって更につづら折りの坂道を登って城原集落のある台地に上がる。そのまま道標にしたがって行くと標柱と案内板の建つ入口にたどり着く。

 所在地 
新潟県中魚沼郡津南町大字上郷大井平字城
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2011年5月
 縄張図 
現地案内板より
今井城縄張図

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