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写真館(46枚)
- 史跡指定
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県指定史跡
- 別名
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荒砥城
- 形態
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山城(789m/-)
- 歴史
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天正6年(1578年)上杉景勝によって築かれた。
上杉謙信没後、景勝と景虎の間に「御館の乱」という相続争いが起こった。
景虎の父は北条氏康であるから、景勝は関東からの援軍を阻止する目的で三国街道を見下ろす要所に築城した。
天正6年(1578年)北条氏によって落城したものの、翌天正7年(1579年)景勝によって奪還された。
- 説明
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残っている遺構といい、整備状況といい、非常に素晴らしい。
城は頂部を本丸として、北に二の丸、西に三の丸を配している。
本丸は南と東側を土塁で固め、東側に大手虎口、南側に搦手虎口を設けている。
大手虎口を降りると二の丸で、この道はL字に屈折させている。
二の丸から東面には2条の竪堀があり、二の丸から大手道を降りると、竪堀と空堀で屈折させた馬出となる。
本丸から搦手虎口を降りると三の丸で三の丸から西側には大手と同じく堀で屈折させた馬出がある。
- 城主
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上杉氏
- 案内
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芝原トンネルの北側を出た直後を右折、更に突き当たりを右に行き、峠を越えて少し降った所に駐車場がある。
ここから少し歩いて登ると大手道。
- 所在地
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新潟県南魚沼郡湯沢町大字三俣
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- 最終訪問日
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2007年4月
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