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写真館(88枚)
- 史跡指定
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国指定史跡
- 別名
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生鼻城,大平城
- 形態
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山城(100m/95m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが、一説に元亀・天正年間(15701573年〜1592年)頃に染川城主安東鹿季が築城したと伝えられる。属にいう安東三城(檜山城・脇本城・湊城)の一つ。
元亀・天正年間初期の城主は安東修季で湊城主安東友季の後見人であった。
天正5年(1577年)檜山城主安東愛季は湊安東氏を併合し、檜山城を長男業季に譲り脇本城を居城とした。安東氏は愛季の時に安東から秋田と改名している。愛季は天正15年(1587年)小野寺氏・戸沢氏と唐松山合戦の後、淀川の陣中で病没すると家督は嫡子実季が継ぐ。しかし、この時12歳と幼少であったためか、脇本城主修季は湊城主安東高季を扇動して謀反を起こした。この湊合戦と呼ばれる戦いで実季は脇本城を棄てて檜山城へ逃れて籠城する苦戦を強いられたが、由利十二頭などが檜山安東氏方となったことで形成は逆転し、湊城を落として終結した。
- 説明
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城は男鹿半島の付け根にある生鼻崎の山に築かれている。承応2年(1653年)と文化7年(1810年)の地震によって数百m程が海中に没したとされ、現在残る遺構は残された一部と見られる。
城内を天下道と呼ぶ街道が通り脇本城を越えて茶臼館に至ると云う。国指定史跡として整備されており、訪れた日も草刈りの真最中であった。大土塁や虎口など見所がたくさんある。
- 城主
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安東氏
- 案内
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県道59号線生鼻崎第二トンネルの東側に入口があり、普通車であれば山の中腹の駐車場まで車で登ることができる。中腹の駐車場の所に簡単な資料館がある。 - 所在地
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秋田県男鹿市脇本字七沢
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2009年9月
- 縄張図
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現地案内板より
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