ぶぜん・りゅうおうじょう

豊前・龍王城
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史跡指定
市指定史跡
  別名  
神楽岳城,臥牛城
  形態  
山城(315m/215m)
  歴史  
築城年代は定かではないが正安年間(1299年〜1302年)安心院公泰によって築かれたと云われる。 公泰は宇佐氏の支流で安心院荘の地頭を兼ねてこの地に入封し安心院氏を称した。 天文年間(1532年〜1555年)頃には周防国大内氏に属していたが、弘治2年(1556年)豊後国の大友義鎮によって攻められ降伏、以後大友氏の豊前攻略の拠点となった。このとき安心院公正は大友氏から「麟」の字を賜わり麟生と改めた。
大友氏が島津氏に耳川合戦で大敗を喫すると、天正10年麟生も離反した。しかし妙見嶽城主田原紹忍によって囲まれ、麟生は自刃した。
豊前国小倉に細川氏が入封すると改修が行われたが、元和の一国一城令によって廃城となり、その後に入封した松平重直は龍王陣屋を築いた。
  説明  
大覚寺側から登ったのだが多少難あり、踏み跡が何本かに別れ、木に巻かれたテープを頼りに登ったのだが、途中でロストした。 適当に登ると背後の堀切に出たのだが、ここは石積してあるように見える。
これを越えて山頂に辿り着くと無線中継施設がある主郭になり、ここにも石積が残っている。
  城主  
安心院氏,細川氏
  案内  
確認した範囲で二箇所あり
北麓の龍王陣屋付近に案内板があり、ここから車道が中腹の神社まで続いていてここから登る。
大覚寺へ通じる車道があり、ここからも登ることができる。
 所在地 
大分県宇佐市安心院町龍王字古城
付近の城址
0.5km 豊前・龍王陣屋
3.0km 豊前・副城
5.9km 豊前・青山城
7.4km 豊前・妙見嶽城

※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2007年8月

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