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写真館(37枚)
- 史跡指定
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市指定史跡
- 形態
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山城(307m/305m)
- 歴史
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文明年間(1469年〜1487年)上野氏によって築かれたといわれるが定かではない。
上野氏は松山城主三村元親の血縁となり一翼を担うが毛利氏が三村元親を松山城に攻め自刃させると最後の拠点である常山城に迫った。
天正3年(1575年)城兵わずか二百に対して毛利軍数千が押し寄せたため上野隆徳の妻(三村元親の妹)も鎧を身につけ侍女ともども奮戦し自害したと伝わる。
毛利氏は一時城番を置いたが同盟国の宇喜多氏に譲り宇喜多氏は重臣の戸田秀安を置いた。
宇喜多氏が織田氏と手を結ぶと毛利氏はたびたび常山城を攻撃したが落とせなかった。
関ヶ原合戦で宇喜多氏が滅亡すると小早川秀秋が入封し重臣伊岐真利を置いた。
小早川氏断絶後に入封した池田氏はこの城を廃し下津井城の改修に資材を転用したといわれる。
城は山頂に本丸を置き北北西と北東方向に尾根伝いに曲輪を配置しておりL字に近い形となっている。
- 城主
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上野氏,毛利氏,宇喜多氏,小早川氏
- 所在地
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岡山県玉野市用吉(常山)
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付近の城址
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9.9km 備前・川越山城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2006年2月
- 縄張図
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現地案内板より
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