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写真館(31枚)
- 形態
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山城(420m/80m)
- 説明
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築城年代は定かではないが小田氏によって築かれた。
小田氏は新荘小早川氏の惣領家である椋梨国平の弟信平を祖としている。
延徳4年(1492年)御園宇城の平賀弘頼の攻撃を受けたので高山城の沼田小早川氏に田万里の領地を半分譲渡することで援軍を請い家臣となる。
城は白龍湖に注ぐ椋梨川の支流の小田川の北に位置し山の本丸背後の尾根を堀切で独立させている。
本丸、二の丸、三の丸と高所から低所に並べたいわゆる階段式山城の縄張である。
麓から大手道を行くと門跡と思える石垣の虎口がありその奥を右手に行くと三の丸、そのまま進めば本丸背後の堀切と池にでる。
県道348号線に小田城の道標がありそのまま北に進み保育園を過ぎ突き当たりを左へそこに再度道標がある。
登り始めてすぐにY字になるが左へ更に進むと排水溝のある道と交差するが右奥に進む。そうすると石垣で囲まれた如何にも門跡と思える場所に出る。
その中を右に行けば三の丸に出る。そのまま真っすぐ進むと本丸裏の堀切と池に出る。
山道には道標がないので勘を頼りに進んだ所、堀切と池に出くわし道がないのでそのまま本丸に直登した。
各曲輪にはちゃんと案内板があるのに道標がないとは...
「小田城」の看板が倒れていたので建て直して撮影^^;
- 城主
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小田氏
- 所在地
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広島県東広島市河内町小田
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- 最終訪問日
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2006年3月
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