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写真館(8枚)
- 別名
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二宮太郎右衛門屋敷
- 形態
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居館
- 歴史
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二宮就辰の屋敷と伝えられている地である。二宮氏は甲斐国発祥で山県郡に下向し吉川氏に仕えていた。その後、就辰父春久が毛利元就に仕えるようになり、この時代に馬木村に本拠を移したと考えられている。就辰は実は毛利元就の子と云われ、母である矢田氏の女が毛利元就の側室であったが、元就の子を懐妊中に春久に嫁ぐことを命じられ、出生した就辰は春久の子として育てられた。
就辰は広島城の築城や、郡山から広島へ抜ける三篠川沿いの街道整備などを行い、関ヶ原合戦後に防長二ヶ国に減封となると、周防国佐波郡佐波江へ移り、萩城の普請奉行を勤めた。
- 説明
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二宮就辰屋敷は現在宅地となっている。安芸町誌には石垣の写真が掲載されているが、今はコンクリートで固められており、その周囲に残る石垣も後世のもののようである。
- 城主
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二宮氏
- 案内
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最寄り駅(直線距離)
3.7km 戸坂駅
4.3km 安芸矢口駅
4.6km 中深川駅
4.9km 上深川駅
5.2km 玖村駅
- 所在地
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広島県広島市東区馬木4
- 最終訪問日
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2019年7月
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